新教育の森:政治と触れ合う 模擬選挙、広がる動き
教育現場では敬遠されてきた「政治教育」が見直されつつある。先月開かれた日本選挙学会で、神奈川県の松沢成文知事が「政治参加教育構想」を明らかにし、高校生の模擬選挙実施の方針を示した。効果は? 問題は?--。低迷する各種選挙の投票率アップにつながるのか。模擬選挙の現場を取材した。【足立旬子、高山純二】
「はちみつ?」
「はい、20歳未満を略して『はちみつ選挙実行委員会』です」
18日投開票の千葉県松戸市長選に向け、松戸市内の特定非営利活動法人(NPO)「こぱてぃ」を中心に、実行委員会が設立された。実行委員長の土屋圭司さん(21)=千葉商科大4年=は「子どもたちにも分かりやすく、かつチャーミングにしようと思った」と照れ笑いを浮かべた。
先月28日、松戸市内で行われた準備作業をのぞくと、サークル活動の雰囲気だ。大学生中心の実行委のメンバーは、「はちみつ選挙へのご協力のお願い」の文面や立候補予定者へのインタビュー内容などについて話し合った。
「文書が硬くねぇ?」「学校の先生に見せるんだからいいんだよ」
「例えば『不倫についてどう思いますか』とかいいんじゃない」「若者が注目しそうな質問も、公式な質問の合間にしたほうがいいよね」
冗談を言い合いながらの会議だが、学生たちは真剣だ。これまでに計8回の模擬選挙を実施しているNPO「ライツ」の会員でもある山崎武昭さん(21)=早稲田大1年=は「ライツの活動で、渋谷で呼びかけをしたことがある。思っていたよりもみんな政治に関心がある。潜在的な興味、関心を引き出したい」と語る。
立候補予定者に公開質問状を送付したほか、インタビューを申し入れた。子どもたちの「清き一票」の判断材料にしてもらう。一方、市内の中・高校に参加を呼びかけており、既に1校(1クラス)が参加を約束してくれた。投開票日の18日は松戸市内の駅前3カ所に立って、子どもたちへ投票を呼びかける。結果は、本当の選挙結果が出た後に発表する予定だ。
ライツ代表の堀雄介さん(19)=二松学舎大2年=は模擬選挙の活動について、「学校でやる場合、『生の政治』を取り扱うということで反発があったが、(模擬選挙の)社会的認知は広がっている」と言う。さらに「若い人は政治に関心がないというよりも、触れ合う機会がないだけだと思う。こうした活動が将来的に投票率アップにつながればいい」と話した。
◇家庭で話題になれば--都立戸山高校・松田先生
高校の教育現場で模擬選挙を行っている東京都立戸山高嘱託教員の松田隆夫さんに効果や現状などを聞いた。
89年の都議選から(模擬選挙を)計15回実施している。客観的な効果を指摘することは難しい。しかし、保護者会で「子どもと政治の話をした」「自分の考えを子どもに言った手前、(本当の選挙に)行かないわけにいかないので、今回は選挙に行った」などと言われることがある。模擬選挙は家族で政治の話をするきっかけになる。日本の政治レベルを上げる鍵はここにあるのではないか。
かつては教育の中立性を保つために政治に触ってはいけないという暗黙の了解があったが、今は全体として政治教育は必要だとなっている。政治に触れることは、世の中のことをより深く考えて、将来の投票行動に結びつくのではないか。小1でもできると思う。あまり理解できていなくても、どんどん政治のことを考えさせていいと思う。(談)
◆松沢・神奈川県知事に聞く
◇良き社会人、育てたい--「政治参加教育構想」
高校生が実際の選挙に合わせて模擬投票をする「政治参加教育構想」を打ち出した、松沢神奈川県知事に具体的取り組みなどを聞いた。
◆なぜ高校生の模擬投票を提案したのか。
投票率が下がり続け、身近な地方選挙でさえ、50%を切っている。候補者に魅力がない、政策論争がないなど政治の側にも原因があるが、有権者の政治への関心が薄れている。日本の学校教育は市民として社会の中でどう行動しなければならないのか、という考えが薄いからではないか。子どもたちに社会性や公共心をしっかり学んでもらえるプログラムが必要だ。その一つとして、実際の選挙を通して、選挙の重要性を学校で教えられないかと考えた。
◆具体的にどう進める?
主に県立高で、選挙の候補者について学校の中で議論し、投票箱を用意して投票する。そうすれば、社会人になった時に選挙の重要性や、投票が民主主義を維持する上でいかに大切か学べる。
日本では現職の政治家が教室に行って生徒たちと自由に政治をテーマに議論することは考えられない。学校現場も政治家が入ることを嫌っているし、政治家も躊躇(ちゅうちょ)する。米国の政治家はよく学校を訪ねるし、招かれる。例えば、小学校では国会で今何を議論しているかを説明し、質問を受けていた。高校は大統領選に合わせて、生徒と政治家がディベートをやっていた。
◆公選法に抵触する心配は。
公選法は候補者の「人気投票」を禁じているが、学校内だけで実施し、選挙後に結果を公表すればクリアできると考えている。選管に相談した上でやり方を決め、やりたい高校に手を挙げてもらう。
◆模擬投票に伴い、どんな教育に取り組むのか。
県内の全高校でやれることになれば、教育委員会が「民主政治と選挙」のような有権者になるための心構えの副読本と実施のマニュアルを作ればいい。代表選びにみんなで参加して、候補者の政策をよく聞いて、しっかりと判断して投票に行くことが大切だ。そうでなければ、民主政治国家は発展しない。
日本の教育には良き社会人になるための教育が足りない。公共性や社会性を持った良き市民。頭が良いだけじゃなく、技術があるだけでもない市民をつくるためには、教育の中でもプログラムをつくることが必要だ。今のように風船をあげて選挙に行きましょうと言っても、投票率アップは無理ですよ。
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◇松田先生に聞いた学校での模擬選挙のポイント
(1)事前準備
政策論争は中立性・公平性を保って説明をすることは難しい。選挙公報、新聞記事を判断材料にして事前準備を全くやらないか、あるいは分担して各政党の公約を調べさせて、「模擬立会演説」を行うなど中立性を保つようにする。
(2)投票所
授業時間中に教室で実施すると強制的になる危険性もある。特別教室に投票箱を設け、昼休みや放課後に任意で投票させる。投票所に出かけていくという雰囲気も作れる。
(3)結果公表
事前公表は公職選挙法に抵触し、本当の選挙結果に影響する危険性もあるので、本当の選挙結果が出た後に公表する。発表後に本当の選挙結果と比較し、選挙制度なども含めて理解を深めるようにする。
毎日新聞 6月12日付
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/edu/mori/