中・高 広がる模擬投票 03年衆議院選7校、今回32校
実際の選挙に参加してみよう――。子どもたちが本物の候補者や政党に模擬投票をする学校が増えている。今回の総選挙でも、11日の投票日を前に30校以上の中学・高校で生徒が投票した。その一方で、「教育は政治的に中立であるべきだ」と見送った学校もある。「学校は現実の政治を扱ってはならないとする文化がまだ根強い」と研究者はみる。
「投票箱の穴って小さい。用紙が入るの?」「二つに折るんだよ」
8日の昼休み。芝浦工業大学柏中学高校(千葉県柏市)の玄関は「模擬選挙」のポスターが張られ、投票用紙を手にした生徒の列ができていた。
企画した社会科の杉浦正和先生(53)は話す。「投票に行く行かないという意思決定が大切なので、授業中ではなく、教室から出て自分の意思で投票する形にした」
先生は、新聞各紙の記事から党首の第一声をまとめ、政策比較サイトから各党の政策要約表を社会科通信に載せる。生徒はそれを参考に、選挙公報も読んで、本物の投票箱に投票する。
通学圏が複数の選挙区にまたがるので、比例区で政党を選ぶ形にしている。国政選挙の投票は03年の衆院選からで3回目。投票率は過去2回とも56%だった。
◇薄れる関心
模擬投票のきっかけは00年。同校生を含む高校生1701人を対象に武蔵大が実施した意識調査だった。選挙権を得たら選挙に行くか、という問いに「行くと思う」「どちらかと言えば行く」と答えた合計は、1年61%、2年59%、3年51%と学年が上がるに従って下がっていた。
「生徒は政治の実態を知らないまま、政治不信をすりこまれている。学校は選挙の意義だけ教え、投票行動を育ててこなかった」と杉浦先生。全国から400万票以上が集まる米国の大統領選模擬投票も視察し、「子どもが政治に触れ、学校が社会の動きに参加するのが当たり前の社会」に衝撃を受けた。
模擬投票した生徒は「選挙に行かないと日本がメチャクチャになる」「一票をむだにしてはならない」とアンケートに書く。「真剣さの表れ」と先生は見る。
選挙年齢の引き下げを訴え、学校に模擬投票を呼びかけるNPO法人「Rights(ライツ)」によると、03年の衆院選は同校を含め7校が参加したが、翌年の参院選は21校に。今回は32校まで増えている。
東京都立武蔵高校の松田隆夫先生(59)も、89年から政治経済を学ぶ3年生を対象に、昼休みや放課後の模擬選挙を始めた。最初の頃、選挙管理委員会に問い合わせると、「選挙は子どもの遊びじゃない」と言われたと同先生は説明する。「子どもが自分で考えて選ぶのが大事。誘導しても何の意味もない。公平中立にやる」と先生は答え、実施した。
◇独自の観点
札幌市立石山中学校の平井敦子先生(43)は先月30日の公示日、3年の授業で訴えていた。「今度の選挙で皆が大人になる時の社会が決まる。ひとごとじゃないのよ」
模擬投票をするのは92年の参院選以来、8回目だ。選挙公報などをもとに、候補者や政党ごとに公約をまとめるよう表を配る。「公園や環境など関心のある分野で調べてもいいのよ」というと、「私、消費税にしようかな」と声が上がった。生徒が自分の中の社会的な関心に気づき、自分なりの観点で自ら進んで投票するのが狙いだ。質問は受け付けるが、授業で政策の説明はしない。大人の有権者と同じ状態で投票を経験させたいためだ。 9日の昼休みの投票では、しきられた記載台で、投票用紙を前にしてなお迷う生徒の姿も。「選挙公報をただ写していたつもりが、政治の言葉が自分にもわかることにびっくりし、疑問や正義感がむくむくとわき上がり、悩んでやっと一票を託す。選挙結果より、どう選んだかが大切」と平井先生は思う。「真剣に投票し、裏切られた時には怒る有権者になってほしい」
「石山中模擬選挙区」の開票は12日。各学校でも実際の11日の衆院選投開票日後に、模擬投票の開票をする。
朝日新聞 2005年9月11日 朝刊・教育欄 part.1